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経営戦略

第277回 戦略の転換点を乗り越える

Posted on 2018-03-29

 会社の命運を左右するひとつのポイントは、いかに「戦略の転換点」を察知し、それを超える作戦を打ち出すか、若しくは、その脅威から逃れる手を打てるかです。私自身も経営者として、過去に嫌というほどこの重要性を思い知る体験しました。

 

一生懸命経営しても報われないこともある

 経営は、普通一所懸命に努力をしていれば、その努力なりに報われる確率が高いです。

 しかし、通常の経営努力をしても、その努力が正当に報われなくなる時期があります。現実にこの局面に悩んでいる会社の社長の話を聴くにつけ、「何故、先を見誤ったのか?」と悔やまれることがあります。その回復のための適切な経営指導はもちろん怠りませんが、そうなった時点での策は相当限定されてしまいます。もっと早く戦略の転換点を見つけて対応してくれていたなら、いろいろな選択肢もあったのにと残念に思うことが多いです。

 そこで今回はこのテーマを取り上げました。

 

戦略の転換点とは

 一般的に戦略の転換点とは、企業を経営する過程において経営をゆるがす根本的な環境変化が起こる時点を言います。変化の内容は後述の通りでいろいろです。この転換点を境にして、自社の事業構造やポジション等が大きく変化してしまう時点なるが故に、これを見誤ると経営にとって大変なことになります。

 どの企業も競争の過程で様々な変化に直面します。

 仕入れルートを変えざるを得なくなってきた、下請け注文が以前のルートから入らなくなった、供給先や顧客筋が変わってきたなどです。

 これらの変化は本来自社のビジネスに大きく影響を与える要素のはずです。しかし、もしその変化の大きさが10のx倍レベルだとしたら、自社にとって劇的すぎる変化です。実は、戦略の転換点はこの「10のx倍」レベルの力によって生じるものなのです。

 先ほど述べた変化のどれか一つ、もしくは、複数要素に同時に「10のx倍」レベルの変化がもたらされたとしたら自社の命運はどうなるか、考えただけで恐ろしい。しかし、現実にこのような転換点が到来するのです。

 例えば出版業界では、若年人口が活字離れ、紙離れしてしまう。また、デジタル化により、知識・情報の入手が本、雑誌でなく情報通信機器を通じて簡単にできるようになる。結果、限られた財布から紙媒体に出費する金額が相対的に少なくなる。

 出版業界自体の境界が不明確になるほどの状態です。周辺の技術革新が、明らかに戦略の転換点をもたらしてきています。

 また、コンピュータ業界ではマイクロプロセッサーの登場が10のx倍の力となったのは、皆さまご存知の通りです。これを機にこの業界自体が縦割りから横割り型に変化しました。

 すなわち、インテル社がチップを作る企業に、IBMや旧コンパック社がコンピュータ本体を作る企業に、マイクロソフト社などがOSを開発する企業にと、横割り型の業界に再編成されたのは記憶に新しいと思います。蛇足ですがチップの分野で言えば、東芝がパソコンやスマートフォンの大半に使用されているNANDメモリーの供給先として世界第2位でした。これを、ベインキャピタルを中心としたグループに約2兆円で売却してしまった。国家的損失です。

 いずれにしろ、コンピュータ業界では従来の企業は衰退して新興企業が伸びてくる新陳代謝以上のことが起きました。また、従来は多数のチップで構成されていたものが一つのチップに集約できるようになり、このことで大多数の消費者や企業が多くのメリットを受けることになりました。まさに劇的な大変化です。一大戦略の転換点でした。かなりの企業が、自社の経営戦略の見直しをせざるをえなかったほどの劇的な影響力でした。

 

戦略の転換点を如何に察知するか

 優秀な経営者は戦略の転換点を洞察する力をもっています。そうではない経営者がこれを認識するにはどうしたら良いのでしょうか。

・ひとつの兆候は、主要ライバル企業が新興企業の傘下に突然入るというような事象が発生した時です。競合分析対象としてカバーしていたその会社が、まったく予想もしていなかった異業種と提携する、その会社と合併するなどの場合です。

・次に上記に似ていますが、自らが競争している会社群のマーケティグポジションの劇的な入れ替えが発生した場合です。ポジション5番目の会社が、いきなり2番目に来る。当然彼らの経営戦略の中味も全く自社の範疇を超える要素を入れてきているはずです。その会社は転換点を見つけて、着実に手を打っていたのです。

・営業など顧客との直接接点を持っている部門から業界の新たな動きに対する警鐘がなる場合です。これを経営陣が営業力の弱さと勘違いするケースがよくありますが、マーケット環境の劇的な変化を、営業が肌感覚で察知していた場合です。

・自社のノウハウと思っていたことが新参入者の新しい技術により覆されてしまうか、その兆候が出ている場合です。新技術が登場し自社のオペレーション方法が一気に凌駕される。従来のやり方が一気に崩れ、遥かに安価で効率的なオペレーションが技術の力を借りてできるようになる。

 しかし、この兆候を察知するのは、なかなか難しい。技術の全体の普及によるインパクトと、自分の商売がその技術に直接食われる可能性とを同じテーブルで議論しにくい、若しくは、議論したくない状況が多くの会社で発生しやすいからです。

 「それは初期バージョンだ。今後のエンジニアリングの洗礼を受けるはずなので、まだ大丈夫だ」と、たかをくくっている間に自社のマーケットポジションが新興企業に食われていく、このパターンが多いです。

 当然、自社の商品に勢いもなくなってきているはずです。

 勿論、こうなる前に正常な会社なら何らかの手を打っているはずです。しかし、私が見る限り、必ずしもそれが事実でないのが不幸なことです。

 

いかに戦略の転換点を超えるか

 劇的変化を洞察した時、戦略の転換点を乗り越えるためにすべきことはどんなことでしょうか。

・あらゆる関係者を集めて戦略的な議論をする。常に、戦略の転換点が来る恐怖感をもってことに当たる。特に経営者の姿勢が何より肝心です。

 当然、戦略を練り直す。目指す方向性を再チェックする。5年後、戦略が成功した暁に自社がどんな企業でありたいかの新たな将来像を明示することです。標榜するキーワードを厳選の上、自社のドメインを再定義することにもなります。

・経営陣は一般的に古いものに執着しすぎるきらいがあるので、果敢に新規領域に踏み込む。

 環境の激変に対応するために、リスク計算の上、新しい方針に合わせて経営資源を集中投下するのもひとつの方法です。

・上記にもましてトップの果敢な決断が必要です。

 躊躇する間に戦略の転換点のタイミングを失し、経営の舵を切るタイミングが過ぎ去ってしまうからです。「Too Late」となり、マーケット・デストラクターに食われてしまう前に、決断と実行が不可欠です。

 残念なことに、多くの企業が戦略の転換点を迎えた時に衰退しているのです。これも競争社会での新陳代謝として仕方ないことだとの見方も、一部の識者にはあります。

 妥当な考えだとも思います。しかし、衰退の理由が戦略の転換点に気づきながら決断を躊躇してじっと立ち尽したからだとすると、「そうだね」と片づけるわけにはいきません。対局として、病的なまでに心配性たるパラノイア的経営をしなければならないとすると、これはこれで問題です。

 後者のような経営者だけが生き残るような世の中にはなりたくない。戦略の転換点を早い段階で見つけ、早く手を打つ経営が標準的にできるよう経営指導の努力をしていくつもりです。

 

第244回 経営戦略の弁証法的考え方

Posted on 2017-04-06

 私は、企業が「勝ち続ける」ために経営戦略を策定する上で、思考ベースが重要であるとの考えを持っています。いろいろな思考ベースがありますが、私は経営戦略の策定時にはヘーゲルの弁証法の考え方を意識することにしています。弁証法にもいろいろな学者が自分の理論で主張をしていますが、私はヘーゲルを主体にした理論を意識しています。

 哲学や論理学の授業で学んだ方が多いと思いますが、ヘーゲル哲学の基本原則は、

 1.ある命題(テーゼ=正)と、

 2.これと矛盾する、もしくはそれを否定する反対の命題(アンチテーゼ=反)、そして

 3.それらを本質的に統合した新たな高次元の命題(ジンテーゼ=合)

 の三つで構成されています。

 難解な部分は省略して構成内容の意味を簡単に言えば、全てのものは自己内部に矛盾を含み、自己と対立するものを生み出す。それら双方は対立によって互いに結びついている。最終的には、双方がaufheben(止揚)される。否定の否定の二重否定にみえるが、aufhebenにおいては、上記原則の「正」のみならず、正に対立していた「反」もまた保存され、より高い立場で対立の矛盾を統「合」していると、私は理解しています。

 「正」、「反」、「合」に立脚したヘーゲルの弁証法が言う具体的原則が、経営の世界では一見無関係に見えます。しかし、思考の組み立て上経営戦略の策定時にも、以下の通り参考になることが多いと考えています。

 

どこに事業発展のチャンスがあるか

 チャンスやリスクを分析する時に、私はある法則を意識します。「螺旋的発展」の法則です。

 この法則はいろいろな場面で図示説明されることが多いのですが、含蓄のある法則です。「螺旋的発展」の法則は、世の中の事象の成長軌道を、右肩上がりに一直線に進むのではなく、あたかも螺旋階段を上るように成長していくというものです。

 経営計画では会社は、二次元の線上を成長していくように描くことが多いですが、実際その成長は螺旋的な進歩・発展をしているというものです。

 経営に携わった経験からすると、まさにその通りだと思います。したがって、戦略の思考にもこの発想を生かすのが適当ではないかと考えています。

 螺旋階段を横からみると、成長しているようにみえても、真上から下をみると同じステージで停滞しているようにみえることがあります。実はキーはここです。すなわちこの法則は、成長と、古いものの復活といったある種の停滞的現象が同時に起きていることを意味しています。

 このことは経営戦略的には、「強さ」、「弱さ」、「機会」、「脅威」などの事実関係を客観的に分析していく過程で、成長や停滞の根源的理由や根拠を明白にすることと関連します。

 すなわち、「何故そうなのか」という疑問を呈すことがポイントとなります。

 時の経過で何かの事象が発生して、そのような事態になったはずです。以前繁盛していたサービスが「何故なくなってしまったのか?背景は何か?」を問うことになります。その中ですべてがなくなってしまったのではなく、一部のサービスの機能は今も残っている。だとすると、サービス機能が変質した形で復活しているかもしれない。そこで、「何故、それが残っており、もしくは、復活しているのか?」を問う、更に、自社が他社に対して優位性を発揮できる自信があり、政策的に復活させたいサービスが考えられれば、それを「どうしたら復活させられるか?」を真剣に問うことになります。

 上記の自問自答を繰り返す中で、戦略絵図の中に自社の将来の螺旋階段的な成長を左右する大きなヒントが出てくるはずです。

 古くはやっていたサービスが、合理化・効率化の一環で新しいサービスで追いやられた。しかし、螺旋階段の次の周のタイミングで最新の技術を取り込む形で従来のサービスを一段上のサービスとして復活させる。この切り口が他社との大きな差異化につながることも多いはずです。

 自社が蓄積したノウハウがあるにも拘わらず、世の中の流れとしてその利用をあきらめるか、あるいは、この螺旋階段の法則のように、蓄積したノウハウを次の周で新しい切り口として一段上位の形として生まれ変わらせられないかの戦略の議論と関係してきます。

 一見革新的なサービスと見えても、従来のサービスに何か新しいものを付け加え、一段上位のサービスとして衣替えでき付加価値をつけることができるものが沢山あるはずです。

 このためには、制度、環境や技術の変化を予想して、自社のサービスとどう関係づけられそうか、将来を洞察する戦略策定者の力が影響してきます。

 

量と質の関係

 経営戦略策定上もう一つ重視していることは、「物事は量から質への転化により発展する」法則です。

 この法則が明示することは、移行がどの時点で起きる可能性があるかを戦略上どう判断するかに関わってきます。量の水が100度で気体の質になることが、時々例示されます。「量」が増大して一定の水準を超えると、急激に「質」の変化が起きることです。

 市場が量的に飽和状態になると、突然非連続的な劇的変化、質の変化が生じることがありうるということです。自ら劇的な飛躍や進化をその市場に持ち込むことで、量から質への競争上の転化を生じせしめる可能性を秘めています。ビジネスチャンスです。サービス全体の設計のやり方がある時点で大きな変化が生じざるを得ない、これを戦略上生かすことを示唆しています。

 転化の時点を経営者がどう読むか、この議論も成長戦略上のポイントになるかもしれません。

 

矛盾を包摂する

 さらにこれらの法則の根底にある基本原則と言えるものも含蓄があります。それは、「矛盾の止揚による発展」の法則です。

 世の中には矛盾だらけ、むしろ矛盾にこそ意味があるとも言えます。その矛盾を解消することのみに意義を見出すのでなく、弁証法的に止揚した時はじめて物事は発展するとの考え方と理解します。

 経営をしていても、現実は矛盾だらけです。それらを一つずつ個別に解決しても全体が上手くいかないことが多い。

 特定の機能は必要だったからこそそれが存在していたが、今はその機能があることが他の機能との矛盾につながる場合もあります。その時、一方の機能を否定するのでなく、両方の機能を肯定し包括した機能を新たに作ることで、より時限の高いところに解決策を持っていく作戦です。

 このような戦略こそが組織の筋肉を切らず人材という財産を減耗させないで、より次元の高い組織体に成長・発展させていく方法になるかもしれません。

 経営戦略の策定に携わる方々のご参考になれば幸いです。