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変化

日本国の今後についての私見

Posted on 2014-04-03

現実の客観視

 あくまで私見です。私は日本が過去の幻想から一度覚める時期が来たと考えます。覚めて、現実的な策を打ち出すべきと思うからです。この考えにイデオロギー的背景は一切ありません。

 平和国家であることが日本の存在価値を今後も高めていく、という通説的考え方の幻想です。皆、その根拠として現行の憲法と、安全保障上国家の緊急時には米国が助けてくれると解釈している日米安保条約の解釈ではないでしょうか。その根拠自体は、素晴らしいものだと私も思います。大きな異論はありません。しかしながら、時代の流れが変化している事実を客観的に見据えて日本国の今後を考えなければならない時かと思います。

 すなわち、米国主導で作成された現行の日本国憲法も日米安保条約も、私がAFS留学生としてアメリカにいた頃感じたことが背景にあることを忘れてはいけません。アメリカを中心とする諸国と旧ソ連を中心とする諸国間の当時の冷戦が影響したもので、大義名分は別として、米国の真意と実態は、ソ連や中国が日本に上陸して占領するのを阻止することだったと私は思います。アメリカはその目的のために、日本をある種の従属国にして守ってきたのです。

 しかしながら、現在のクリミア半島を舞台とする新たな冷戦は別として、アジア近辺での当時の冷戦が終了した現在、アメリカはごく単純に言えば、一部の国のことを除けば、アジアで日本を守る意味が薄れてきたはずです。日本自身が幻想から覚めて、一度現実的な策を策定する時ではないでしょうか。

 

憲法と安全保障

 ここに至った背景は、列強国の植民地政策などよからぬ事情があったにせよ、過去に日本が近隣地区で戦争の引き金を引いたことは事実です。この戦争は、日本の国民というより、日本の軍隊の一部や天皇陛下を中心にやったことだとの理解が、アメリカの根底にあったと聞いています。このため、アメリカ主導で策定された憲法を日本独自で改正するには国会議員の3分の2の賛成がないとできなくした、あわせて日本が独立した後も裏で手引きをし、簡単に憲法が改正できないようにていたとの議論もあるほどです。

 すなわち、表現やオウライドは別として、日本政府は骨抜きにされ、アメリカの傀儡として動くようにされていたというのが正当な理解だと思います。言論統制は当然として、戦後教育で、徹底して日本人を洗脳してきました。「戦争は悪である。だから、日本は二度と戦争をしない」と。言われることは、正しいことで、反論ができにくいようです。しかし、このような教育を受けてきた結果、日本人は、事情の変化を排除して、「すべての戦争は良くない。戦争のための軍隊を日本は持つべきではない」と、短絡的な結論を導きだし、周辺事情の変化とは関係なしに単純に骨の芯までこう思うようになってきました。片方で、実質軍隊の自衛隊に予算を使っているこの現実。

 ところが、地政学的にみると、日本の隣国は一筋縄ではいかない国々ばかりです。体制自体、我々と同じ発想をする諸国ばかりではありません。むしろ、違う発想をしている国々が目立ちます。

 さらに、アメリカは軍事予算を縮小しています。コストの肩代わりを探しています。世界の警察の標榜も、オバマ大統領は実質おろしています。片や、中国は軍事力を明らかに強化して、南シナ海の領土拡張や進出に軍事力を背景として介入をしてきています。軍事力の差が縮小しているこの事実に、アメリカの本音は違うのではないかと思えます。軍事力の差については、日米安保条約を締結している日本と組めれば差を拡げられる。日本は依然として平和国家を標榜して、いざという時に日本が役立たずで、アメリカとともに戦ってくれないと危惧しているとの見方もあるほどです。

 もともとアメリカ主導で作った憲法ではありますが、時代の変化に対して日本が安全保障政策を変更しない限り、アメリカの国家的利害上、課題ありと考えているのではないでしょうか。これが国際政治の冷徹な計算の結果だと思います。アメリカの口車にすんなりと乗る必要性はありませんが、過去の経緯はどこへやら、裏では日本に軍事力を持つことを思い続けているのは、皮肉なことに実はアメリカではないかと考えます。逆に、日本の国民は、時代背景の変化に追い付いていない。幻想のままに安逸になんとかなると暮らしているのではないでしょうか。

 一部の日本の財界人などからも「アメリカは今後も絶対日本を守ってくれる。憲法を改正して軍事力をもつなど持ってのほかだ」との議論を聞くことがあります。本当にこの通りでしょうか。東南アジアで事業展開を真剣にしている経営者なら、近隣の諸国が軍事力や政治力を背景として有利な事業展開を後押ししているのを切歯扼腕みています。軍事力を持たない、憲法は変えない、アメリカが守ってくれるという絵空事のみでは、国際政治の世界のみならず、経済面でも日本の存在価値が問われていることに一部の財界人が気づいていないか、気づいていても、遠慮して大きな声で言っていないのが残念です。

 

二元論からの脱却

 この解決に、二元論では無理かと思います。グレーのエリアが世の中のほとんどを占めていることを認識する必要があります。裏表でなく中間に置く考え方をしては如何でしょう。憲法や安全保障に関するこれまでのスタンスと状況を尊重しつつも、周辺状況や当時の環境の劇的変化を反映した新しい考え方も取り入れる国民的議論を早期に展開していくことが肝要かと思います。

 そこで印象に残った言葉があります。P.ドラッカーが「意見の対立がある場合、どの意見が正しいかを考えてはならない。何が正しい意見かと考えてもならない。いずれも正しいと考えるべきである。同じ事柄のそれぞれに異なった面を見ているに過ぎない。」という内容のことを述べていたことを思い出しました。