園山征夫のビジネスコラム 園山征夫のビジネスコラム 園山征夫のビジネスコラム

経営理念

「おもてなし」のマネジメントコンセプト

Posted on 2014-02-06

 東京オリンピックの招致成功以来、「おもてなし」という言葉がいろいろな場所で使われています。ある時は本来の意味通り、ある時は少し皮肉っぽく使われているようです。

 それはさておき、この言葉-本来の意味では-私が好きな言葉の一つです。

 西洋流に言えば、ホスピタリティーとなるのでしょうか?でも、少し違和感があり、やはり「おもてなし」という響きの方が私にはすんなり入ります。

 「思いやり」、「もてなす」ことを前面に出す考えで、相手を利する行為、しかも、それが努力してというより、自然にそうなるという感じで、本来、日本人が大切にしてきた生活習慣の一部です。単なる利他主義的行為とは、少し考え方が違うのではないかと思います。

 「相手のためを思う自然な行為」だとすると、マネジメント的には科学的な説明がつかない部分が相当あります。また、自社を利して、成果のみを求める成果主義的考え方とも相容れません。したがって、この意味での西洋流の発想でマネジメントすることとは、少し趣を異にするマネジメント手法ではないでしょうか。

 この発想のマネジメントをしていくには、「もてなす」考え方を経営理念や行動指針など、社員の現場での具体的行動を、すべてこの考え方で一貫させていくことが不可欠です。お互いに助け合い、相手に利する発想をもとに、Win-Winの関係を作ることを会社の隅々まで徹底することになります。

 日本には、特定の旅館やホテルだけでなく、企業経営の中にこの考えを取り入れた会社があります。会社を良くしていくために、相手、即ち、顧客や取引先を第一に利する。その結果として、自分の会社や社員も、さらに利益の分配にあずかることのできる理念をもった会社です。私は、そのような会社をもっと見たいと思っています。

 短期的な利益や物的な豊かさより、会社の持続的な発展を目指す。キーは人に置き、人への投資、人への教育や指導を怠らない考えの会社は、私の主張する「農耕型企業風土」づくりの考えと一致しています。組織は人と人の集合体であることを念頭に置き、人の持つ「人間らしさ」を大切にしていくマネジメントです。このような会社では、満足した社員が、必ずや顧客が満足するサービスで「おもてなし」すると、私は確信しています。

 

「強い集団」と「悩める人」

Posted on 2013-07-25

 こういう集団になるようにアドバイスしていきます。

「強い集団」

 第一に、「強い集団」は明確に定義された「理念」で支えられています。これが私のこれまでの経験の帰結です。

 例えば、クロネコヤマトは、「世のため人のためになることをする」で意思統一され、「お客様のため、社会のための実現」を目指します。このため、配送の安さ、速さ便利さなどを追及していきます。以前関係している会社では、「サービスでリーダーシップ」として、サービスでNo.1を目指してサービス改革を標榜し、この内容を経営理念に明確に定義していました。

 第二に、「仕掛け」も必要です。

 感動体験ムービーで喜んでくれる顧客のシーンを何度も見る。「満足バンク」で満足ポイントが増える仕組みもどこかの会社で実践されている例を聞きました。いろいろなイベントで社員の交わりの場を設けるのも方法です。これらについては、「これからの課長の仕事」(http://sonoyama.ns-2.jp/)の記載に譲ります。 

 また第三に、課題が出るとこれをコンサルに委託するのでなく徹底して社内で議論を重ね自分たちで解決していく会社もあります。

 一人の優秀な社員よりすべての社員がそれぞれの個性で考える企業風土をつくることを目指しているからです。「普通の社員が普通に仕事をする」会社を目指すことです。かつて、同様な方法で私が「燃える集団」づくりに成功したことに似ています。鈍才が多数をしめる集団を使ってよい実績を上げるのが経営です。逆に、優秀な社員を潰している経営を観るのは悲惨の極みで経営者の風上にも置けません。

 つまり普通の社員が会社の将来を一生懸命に一緒に「考える」、「意見交換をする」ことを徹底していくことです。ある会社で提案し実施しているQCサークル活動もこのためです。

「弱い集団」にならないために

 問題は、ここに示す「強い集団」が構築される前に、組織が「弱い集団」に成り下がってしまうケースが多いことです。

 いろいろな理由がありますが、一番大事なことはその組織のリーダーがどのようなタイプの人かどうかです。

 私が勝手に「悩める人」とカテゴライズしているタイプのリーダーがいます。残念ながら「悩める人」が引っ張っている組織は、ほとんどの場合、結果としては「弱い集団」に成り下がってしまうことが、私の過去の経営体験から証明できます。

「悩める人」

 「悩める人」の共通点が以下のとおりです。

 私の周囲にも結構いました。

 まず、第一に、自分自身が何を求めているか、何を恐れているのかを知らない人です。

 また、自分の位置を知らない、これが分からない人が「悩んでいる人」です。

 たとえば失業して悩んでいる人は、実際は悩む暇などないはずなのに「悩み」を訴えます。

 本来一生懸命に職を探さなければならないのです。自分の位置を理解していません。

 経営で悩んでいる人は、実際は悩む暇はありません。経営を前に進める最善の方法を探さなければなりません。

 第二に、人の助けに感謝する気持ちが全くなく、あらゆる物事を被害者意識で見るのも「悩んでいる人」の典型的な例です。時に、周囲の人に危害を加えることになりかねません。早く正常に戻すために、この場合は、まず医者に相談することを私は勧めています。早く治した方が本人も、ご家族も皆が幸せだからです。

 第三に、「現実を拒否するのは非生産的である」ことを理解していない人です。自分の位置が見えないので、願望や思いだけを主張して、「今」が無い人です。

 例えばウサギとカメの物語のカメです。他人に勝って「勝ち負け」を議論しても仕方が無いのに、自己不在のカメはウサギに勝とうと頑張ります。元来「自分はカメである」ことの自分の位置に自信を持つことから始めるべきです。自分の位置以外のところは他の人に助けを求め、助けてもらったら感謝することです。そして「今」の幸せに感謝すべきです。それなのに、現実を拒否している人です。

 このような人に限って、自分の人生を「虚しい人生だ」と思い、思いとは別に実際はほとんど人生に迎合して生き、自分の軸がありません。甘えのみを良しとした生き方です。日常の生活に心の「心棒」が欠如しています。

「悩める人」の解決策

 でも、「悩める人」にも今の辛さから抜け出す方法はあります。

 「運」についてのカーソンの童話に、手品師が王様に牢屋に入れられ、そこから出る方法を考えろと指示された童話があります。実は牢屋の扉にカギがかかっていなかったので自由に牢屋から出られたのに、手品師にはそれができなかった。今の自己の力を過信して、狭い小道の中でさまよい全体像を冷静に考える余裕がなくなったのです。

 成果をあせらないで自分の力を客観視すればできたことかもしれません。