体験と教科書
第215回 物語を語る経営
相手に通じてナンボ
私は、経営方針を社員に説くときに、計数だけでなく、できるだけ物語を語ることに気をつけていました。
事業の計画の期初のスタート時点から期末までの間の諸政策には、一貫した物語があるはずです。方針が社員の「腹の底に落ちて初めてナンボだ!」と口を酸っぱく言っていたのは、計数のみでは無機質で社員の心に刺さらないので自分自身もこれに努力をしていたからです。
腹の底に落ちるには、本心で、相手のペースに合わせて、同じことを何回も、しかも少し角度を変えながら説くことが大切ですが、これを物語として説くことが肝心です。
物語(ストーリー)は、自分の過去の出来事、失敗などの経験、顧客との真剣勝負の間合いなどですが、これらが物語としての話し方によって、聞く人にとって感銘を与えることになります。
この重要性を認識してもらうべく、私の主張する「農耕型企業風土づくりの経営」を推進するための経営の【定石】の13番目に、これを入れています。
若手の経営者の指導―教科書にないこと
最近若手の経営者の経営指導をしながら彼らの育成の努力をしていますが、その指導に当たり教科書的で一般的な内容は彼らにほとんど響かないことに身をもって体験しています。
むしろ、私の身近に起きたストーリー、私の過去の反骨的経営ストーリーなどを内包した一つの物語として語るほうが、はるかに彼らの心に刺さることを知りました。自慢話になりそうなリスクがあるので、これまではあえてこの指導方法を避けていましたが、最近は一部軌道修正をしています。
ある意味で波乱万丈の経営人生、既存の体制に対して常に疑問を呈し、現状を打破して局面を打開して次の成長の活路を求めていった私の経営体験が、彼らの生きた勉強・研修になるようです。
具体的には、破産寸前での再建決意とその裏での綿密な戦略と遂行物語、経営路線をめぐる親会社との対立と克服の手段選択、大仕掛けな経営主張の裁判での決着など、若手の経営者が、規模の大小は別としても、現実に直面する事態に対して、「トップが経営上どんな物語を描いて、どんな選択肢を選んだのか」が教科書には載らない生の体験を物語として語るのです。
物語を語るメリット
お陰で、このことを聞きつけた紹介された他の経営者が興味を示してきました。彼らも指導を実践して確実に実績をつけてきました。
このように、
・人から人への話は広がりやすいのです。良い口コミです。指導がストーリー仕立てになっているので、彼らの脳の中に入りやすく、覚えやすい。心理学的にはストーリーを入れることで聞き手の吸収力に数十倍の効果があるのではないかと思っています。
・自慢話に仕立て上げてはなりませんが、実際に起きたことを経営的視点から物語ることで、若手の経営者が学ぶ気持ちを自然に起こさせることができます。
最初は少し拒絶反応がある人がいても、実体験の物語が経営を変えていくためのものであることが分かると、彼らも自然に態度を変えてきます。物語を話す私に敬意を示し、さらに学びたい真摯な姿勢が如実にでてきます。
これの例外は、自分だけの考え方に凝り固まっている経営者で、他の人の意見を聞こうとするマインドがない人です。経営のスピードを加速させ、結果として、社員全体の支持を受けることができるのに、自分だけの考え方に凝り固まっていることが、明らかにマイナスになっていることに気づいていない人です。
残念ですが、このような人は経営資質の限界があります。経営することが仕事であることを理解できていない人です。
・生の物語は、彼らの心に響きやすく、人を奮い立たせる力があります。
「俺も挑んでみよう!!」という気持ちにさせる機会をつくるのが、この手法の最大の効果です。彼らの心のギアが回転しだすと、後は、経営の路線を踏み外さないように、その時点で必要な経営施策をしっかりアドバイスするだけで上手くいきます。結果として、確実に会社の成長のスピードを更に高めることにつながります。
もちろん経営層のみならず、一般社員の育成にあたっても、物語を語る方式を研修に取り入れることも可能ですが、今のところ私の興味は、日本に日本の文化風土を反映したプロの経営者を育てることですので、ここは経営層に限定して言及しました。
蛇足ながら、アメリカの大統領予備選挙の候補者の演説を聞くと、アメリカという国の経営のためにどういうストーリーで臨むのかについて物語が、この半年全くありません。
単なるイベントのショウに成り下がっており、この間の時間と金を費やすに値するプロセスか否か個人的には疑問に感じる制度です。
もし、経営者候補がこのような短絡的、人気取り的な演説のみを行ったとすると、まず経営者として選任に値しないと皆が見做すでしょう。
ご参考になりましたでしょうか。
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