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小事大事 / 折々の言葉

税金と公務員の日常的意識

Posted on 2014-02-27

  細かいことですが、役人や公務員の、パブリックサーバントとしての日常的意識と判断基準に関わることです。

 そもそも、政府筋から「財政の抜本改革としなければならない」という言葉が出る時に、国民は注意しなければなりません。この言葉の裏には、必ず税のアップという隠し玉が隠され、本来それ以前にやるべきこととして、政府の無駄使いに目を向けるべきなのに、必ず後者が置いてきぼりにされ、目くらましに遭い、「市民のために、国民のために、という言葉が空虚に聞こえる時があります。

 以前に話題になりましたが、福島の復興財源と銘打って、その資金を他の用途に、ましてやその一部を、役人の関係する施設などに気づかれないように上手く工夫して回していたというこの所作と、公務員としての姿勢について、国民が怒らないことのほうがどうかしているのではないかと思います。怒るのは、タックス・ペイヤーとして当然のことです。こんなことを見過ごしてしまう最近の日本人、全くどうかしているのではないかと思うほどです。

 

パブリックサーバントの反応

 私の自宅近くの公園を仕切っている、フェンスがあります。

 2012年2月中旬に、トラックか何かにぶつけられたのか、そのフェンスが5メートルほど公園の内側に傾いているのを発見し、「取り壊さなくて修復できそうに見えます。今のうちに直せば税金を無駄使いしなくて済むのではないでしょうか?」と、市役所の公園課に電話で伝達しました。

それから1週間後に市役所から電話がありました。「業者に調査させたところ、フェンスを押し戻すと、骨組みが折れる可能性があります。古いので新品に取り換えます、暫くお待ちください。宜しいでしょうか?」と。

 本日現在、いまだフェンスは取り換えられていません。もちろん修理もされていません。修理をトライして本当に骨組みが折れるか、本日現在までやった形跡もありません。

 

税金の使い方に対する国民の意識と公務員の姿勢

 これに対して私は、「公園課のご判断ですので、それに従うのみです。よろしくお願いします。」と当時は応対しました。何となく、役所とはこういうものなのかという消極的な印象を持ってしまったからです。

 そして、「市民から集めた税金を少しも無駄使いしない」というニュアンスが、話の中から私には窺えなかったことが、非常に心配になりました。公的立場の役人や公務員にパブリックサーバントとしての自覚が少なくなったら、その自治体や国の将来が危惧されるからです。

 税金からの出費である、もし少しでも税金を節約しようという感覚があれば、フェンスが本当に老朽化しているか自分の目で確認するであろうし、押し戻しをトライしてみて、それでも駄目なら交換の手順に入るはずです。業者からの報告のみで判断して大丈夫なのかを疑問に思うはずです。

 他方、我が家のすぐ2件隣りの住宅では、大雨が降るといつも大騒ぎ。浸水の危険ありです。公園や周囲の水が、天然の地形上全てあるマンホールに流れてしまいます。本来、この設計自体が現状にそぐわない。公園課に、10メートル先の大排水溝に流す工夫などいろいろアイデアを出しても、それは管轄が違う、県が関係することになるから等、縦割り行政を盾に未だに解決されていません。浸水を回避すべく、近隣の人が排水をしようとマンホールを開けてしまいます。万一、流水に巻き込まれて、子供でもそのマンホールに落ちたらと、大雨の降る日は本当に気が気でありません。公園のフェンスとはわけが違います。浸水どころか人命にも関係してきます。

 本日現在、公園のフェンスは曲がったままの状態です。パブリックサーバントのこの様な小さな判断の積み重ねが、市や国が大きな借金を抱えるか否かの分かれ道の一因になるのではないかと危惧します。片方の、排水マンホールも未解決のまま。

小さいことも大きなことも含めて、市民統治、国民統治と言いながら、公務員や役人が何を基準に仕事をしているのか心配になる時があります。私も含めて、市民自身が、もっと「私たちの税金」という自覚を持ち、タックス・ペイヤーとして常に行政をウォッチする義務もあるのではないかと思います。

 

 

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