折々の言葉 / 語り継ぐ経営
第248回 戦略の策定の大前提—環境認識(2)
前回からの続きです。
(1) 今は、新しい情報産業の革命の真っただ中にいる明確な認識が不可欠です
私たちはこれまで歴史を学ぶ立場で、どちらかと言えば後追いで産業革命を俯瞰していました。
すなわち、18世紀後半から19世紀半ばまでの蒸気による内燃機関の発明と鉄道建設で大変革を遂げた産業革命、19世紀後半から20世紀初頭の機械や電気の利用による大量生産時代、そして20世紀半ばからコンピュータとインターネットによる大きな変革を体験してきました。
これが産業革命だったのだと、後追いでこれらの革命の位置づけを知りました。
a) 情報産業の革命の真っただ中にいる
ところが今、私たちは新しい情報産業の革命の真っただ中にいます。コンピュータによるデジタル化が単に急速に変化しているというこれまでの延長線上の図式でなく、あらゆるものが変革の波に巻き込まれることを余儀なくさせるほどの「大きな潮流」が来ていると認識します。今、まったく新しい時代に突入しつつあリ、この大きな潮流が経済機構全体や事業経営に驚くほどの影響を与えつつあると、私には映ります。
b) IoTがビジネスを変えてしまう、パラダイムシフトをもたらす
特に、AI技術の利用でビッグデータの処理が容易になってきたこと、IoTが更に進化することで我々のビジネスの在り方に大きな変化をもたらしてきています。
ご存知の通りIoTとは、モノのインターネット化(Internet of Things)のことです。クラウドが導入されビッグデータが実用化され、更にあらゆるモノは利用者が意識しない間にヒトからデータが収集され、それらがインターネットで共有される環境が出来つつあります。この実現により、今までになかった新しいことやモノが誰にでも可視化されて、必要の都度利用できるようになるかもしれない時代になってきました。
自社のビジネスとの関連で考えると、IT関連の技術進歩、特にIoTが、ビジネスにパラダイムシフトをもたらし場合によってはこれまで投資してきたビジネス資産を一気に陳腐化させる可能性すらもたらしてきています。
ここが経営戦略上外せない環境変化のポイントです。
自動車の自動運転技術は日常的に新聞記事になり、3Dプリンターは複雑な形状のモノまで工場でなく自宅や町工場で製造可能になる。ロボット開発の技術が劇的に進歩し、これまでなかった新素材の開発も進み、モノの世界が様変わりしていく感じを受けます。
驚くことが起きています。このようにIoT技術が人間を製品やサービスなどと結び付けると、そのビジネスは既存のビジネス環境とは全く違うフィールドで展開することになるかもしれません。すなわち、この情報産業の革命は既存事業の在り方までも劇的に変える可能性を秘めているのです。
例えば、データをプッシュ型の方式で収集し、それを自社の成長ドライバーとしてきた事業では、iPhone端末にアプリを載せることで、プル型で大量のデータや情報を世界中から一気に集める、全く新しい事業主の登場リスクを想定せざるを得ないことになります。
プッシュ型の情報の収集力で勝負してきた事業主は壊滅的な痛手を被ることになります。これまでの成長ドライバーがその座を降りることになるかもしれません。データの中味に特異性やその深さに何か秘めたるものがあれば別ですが、そうでない限り、事業継続に大きな痛手を被るリスクを秘めて経営していくことになり、否応なく戦略の修正を余儀なくされます。
フェイスブックやツイッターの普及が、伝統的なメディアから従来の役割や収益源を大きく奪い、彼らのビジネスモデルの抜本修正を迫ってきている現実を目の当たりにしていることも分かり易いい例です。
蛇足ながら、情報産業の革命はビジネスの世界のみでなく、今や政治の世界も一変させています。
一個人が何十万点もの政府の機密情報を持ち出した過去の有名な事件は、彼の行為の善悪は別として、従来の国家モデルの崩壊の前兆を意味することになるのではないでしょうか。国家や機密機関をはじめとした伝統的な大きい組織の根幹を揺るがすもので、ビジネスの世界のみでなく、あらゆるところに大きなパラダイムシフトをもたらしていると認識します。
c) 新しいサービスも生まれる
その一方、ITを活用した新しいサービスや企業も次々と生まれています。
企業にとっては、IoTがマイナス面のみでなく、ビジネスの態様によっては大きなチャンスをもたらすことにもなります。
一例です。法的問題は別として、各家庭にサービスを提供しているガスや電気事業者は、センサー技術を利用してネットワーク経由で取得したデータを集積・分析することも可能になり、その家庭の人も室内の温度調節を外出先からの遠隔操作できることにもなります。「モノのインターネット化」で、新たなつながりが生まれ、新しいビジネスの芽が生まれることになります。
d) 顧客自身が変化・変貌してきている
見過ごすことができないことがあります。
このデジタル技術がその進歩と相まって、利用する顧客自身の考え方や行動へ影響を及ぼし、そこに変化が出てきていることです。
顧客が、「所有」することより「快適」で「楽しい経験」をうることを求めるようになってきたのはその一つです。車を購入するより、乗って楽しければよい。顧客は自分の好きな車にのった経験(カスタマーエクスペリエンス)からの感動を求めています。ここでは快適性、面白さをキーワードで何かを選択する、今や「売る」側の論理より、主導権は完全に「体験する」顧客です。
商慣習における顧客の変化も見逃せません。日本の旅館では「サービスの提供の前にお代金を頂くのは失礼」として後払いが原則でした。老舗の旅館などでは、宿のお世話になった方へのお礼も含めて後払いでした。ところが今やネット経由での申し込みが主流となり、簡単にキャンセルする顧客も増えてきました。特に、訪日外国人のやり方を見ると、後払いでは商売が成立しないことにもなりかねません。顧客行動の違う側面の変化はデジタル技術の進歩が影響した部分が多いのかもしれません。顧客のこの変化に対して、日本の旅館でも顧客への対応方法まで変化せざるを得ない状況を、今や生み出しています。
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