園山征夫のビジネスコラム 園山征夫のビジネスコラム 園山征夫のビジネスコラム

戦略

第250回 戦略の策定の大前提—環境認識(4)

Posted on 2017-08-17

前回からの続きです。

(2) 「人口オーナス期(人口構造の変化が経済にマイナスの効果を及ぼす時期)」に突入してきている事実を認識し、その対応が不可欠です 

 日本の人口の推定では、2010年には1.43億人の人口が2014年は1.26億人に減少しました。さらに、今後100年で人口が三分の一に激減するという計算もあります。

 2025年頃には65才以上の人が人口の3割以上を占める時代です。

 このデータを見る限り、よほどの抜本策が講じられない限り、若手の労働者が生産性を上げて潤っていたボーナス期のような経済成長期は、今の日本の人口構造においてはもう期待できないのではないでしょうか。

 その一方で、経済成長率は労働力人口の増加率だけでは決まらない、経済成長と人口はほとんど関係がないという議論もあります。

 労働生産性を上昇させる最大の要因は、新しい設備などを投入する「資本蓄積」と「技術進歩(イノベーション)」であるとの論理が背景にあるものと思われます。これは私が学生時代に学んだレオンチェフなどの「経済成長論」のモデルの通りです。特にイノベーションによって一人当たりが生産するモノが増えるという論理です。もちろん技術進歩にはハードの進歩のみでなく、ノウハウなどのソフトの技術も含まれると見るのが妥当です。

 確かに日本のような高度に発展した国では、人口のみではなくイノベーション技術 (技術進歩)の力が大きく経済の成長に影響を及ぼすことは正しいかもしれません。

 しかし、あくまで私見ですが、この議論は過去の産業革命時の成長パターンの議論かもしれません。かつては肉体的につらい仕事を機械が代替してくれ、電力エネルギーや新しい機械が生産力をあげてきましたが、今のAI化の時代では、少し違うパターンを示す感じがします。

 特に、人口オーナス期においては、若手の労働力の減少がイノベーションのもたらす生産性向上を凌駕して、全体として生産性は低下傾向になるのではないでしょうか。

 こうなるとこの時代、労働集約型の事業は難しくなります。人間が個々の家庭に宅配する事業は、消費者には便利としても配送担当者の不足などから事業の難しさはすでに報道などでご存知の通りです。

 また、対象とするマーケットが若者向きだとすると、競争が激しくなり、新商品が売れにくくなる傾向がでてきます。

 ところが逆に、高齢者を対象とするビジネス展開では、戦略さえしっかりしていればチャンスは拡大することになります。介護関係、高齢や生活習慣病医療、がんなどの患者視点を重視したヘルスケアの必要性が大となることが予想されます。

 このように、人口オーナス期において、ビジネスのチャンスが広がる事業と縮小を余儀なくされる事業が明確になります。このことを経営戦略の絵図の中にしっかり明示して今後の事業の集中・取捨選択に役立てなければなりません。

 

a) これまでの収益のソースが細る事業が出てくるはず。これを炙り出す

 「人口オーナス期」に突入した途端、これまで成長を支えてきた事業が、今後も「金のなる木」であり続ける保証が希薄になり、事業の取捨選択の決断を促すことになります。

 部門売却という冷徹な判断をせざるを得ない場面が登場してきます。

 環境の変化が味方をしてくれないと読んだ場合、トップの肝いりで長年続けてきた事業でも収益率が下がり会社全体の足を引っ張る前に、「捨てる」決断をする。このための冷徹な環境分析で妥当な根拠を見つけることが経営戦略上不可欠です。

 好き嫌いで事業の取捨選択をするのでなく、環境分析による当然の結果として、その事業がより活かせる会社に売却するのも、選択肢として出てきます。

 世の中いろいろな考え方をしている人がいるので、Due Diligenceの結果次第ですが、その部門に関連する社員もろとも引き受けてくれる売却ディールが成立する可能性もあります。自社にとっては「捨てる」ビジネスですが、他社にとっては、違う見方をすることもあるのです。

 

b) 敵の進出を研究した上での集中と分散を図る。複数の収益ソースを持つ

 事業を集中する時の決断で重要なことは、競合も含めたマーケット全体の流れ、特に、技術革新がもたらす影響です。昨日まで優位な事業でも、同一商品機能を劇的に安価な方法で作る技術を持った会社が、突然出てこない保証はありません。

 シャープの『亀山モデル』の例です。

 シャープはブラウン管に代替する液晶テレビに代表される独自技術で「オンリーワン企業」を目指すべく2000年ごろ頃「AQUOS」を市場に出し、これに集中して売上を劇的に伸ばし「亀山モデル」としてMBAの大事にも取り上げられたのは皆さんもご記憶の通りです。

 ところが、シャープが選択と集中を進めていた2009年頃に東京のベンチャー企業がファブレス方式で激安の液晶テレビを開発したのです。ディスプレイにはサムスン製品の液晶パネルを使い、他の部品を組み合わせて、ある会社の流通チャネルを通じて5万円台の液晶テレビを売り出しました。

 この結果、競合しないとみていたシャープの顧客が激安テレビに流れてしまったという、悪夢のようなことが突然発生したのです。少し後付けの説明になりますが、『亀山モデル』への集中の失敗です。このことがシャープの屋台骨を揺るがす原因になったのです。

 これまで競合とみなされなかったところから、まったく新しいビジネスモデルで攻撃してくるかも分かりません。屋台骨の収益ソースが一気に細るリスクもあります。集中と選択は非常に重要ですが、リスクに備えて収益の柱を複数持つことの重要性もこの例が教えてくれます。

 

 

 

第249回 戦略の策定の大前提—環境認識(3)

Posted on 2017-08-10

(1) 今は、新しい情報産業の革命の真っただ中にいる明確な認識が不可欠です

 前回からの続きです

 

e) 情報産業の技術が生産性を上げる道具から働く人との関係を抜本的に変えるものへと変化してきた

 考えてみると、20世紀初頭までは機械は働く人が生産性を高めるための道具でした。テクノロジーの進歩で社会が繁栄し、経済の好循環をもたらしてきました。

これが1970年代から崩れ始め、バブル以降働く人の所得は減少気味になったのです。

しかし生産性は上昇し企業の内部留保も増加しても、働く人の雇用は創出されない事態が出てきているのです。

極論すると、今や機械が人間同様に働く時代、働く人そのものになってきました。機械が人間に代替するものになってきている部分があるのです。

工場のみならず、サービス部門でも機械が人間にとって代わりつつあります。一番進んでいるのは金融の分野です。現在の株式取引の主流はトレーディングアルゴリズムを組み込んだ、高速の自動化された売買取引です。また、コンピュータが自らデータを収集して、ニュース記事に仕立て上げる人工知能も誕生していると報じられています。楽曲も自動でコンピュータが作ります。AppleのSiriのような自然言語処理テクノロジーが更に進歩すれば、消費者がモバイル端末と会話をすれば買い物行為の一部が端末経由で済むようになるかもしれません。

 これらの技術革新は、道具としての技術と働く人との関係を根本的に変えるものになりつつある認識が大事ではないでしょうか。

 働く人と機械との関係が根本から変化してきている、これが情報産業、特にAI化時代の特徴です。

 

f) AI化への対応による自己変革が急務である 

 パラダイムのシフトが起き、消費者の行動まで影響を及ぼし、働く人と機械の関係が変わってくるとすると、企業のデジタル化のタイミングと戦略対応の遅れは致命的となります。

移行するのをためらっていると破壊的な敵があらわれるかもしれません。Amazon.comが良い例です。商品の選択、仕入れ、価格設定などほとんどの企業でこれまでは人間の手に委ねられていたものも機械に委ね、取扱商品数、手許に届くまでの時間、顧客満足度などかなりの部分がデジタルで管理されていると聞きます。こうなると、従来の方法では太刀打ちできません。

 この一例を紹介するまでもなく、今や世界で通用するインフラ技術をある意味で所与として自らもデジタル技術を利用した自己変革を企業内で進められるか否か、このために戦略策定上必要なことにどう手を打つかが持続的成長の決め手となるのではないでしょうか。

のために、

i) 自社のビジネスモデルを再定義しなおすこと

 ものつくりやサービス開発のビジネスモデルを、ITを活用したビジネスモデルに定義しなおすのも方法です。自社ではこれまで、代理店を通じた仕入れルートの確実性がものつくりやサービス提供のビジネスモデルの中核だった。ところが今や、沢山のサプライヤーと直接接点を持つことが可能で、しかも必要なモノを調達できる時代になってきた。こうなると、むしろ売ることが困難な時代です。仕入れルートに力点を置いたビジネスモデルから、販売の多様性、高価値性に力点を置いたものに再定義し直すのも方法です。

デジタル化をきっかけとして、自社のビジネスモデルを環境変化に対応できるものに定義し直すのも解決策です。

 上記の例では、これまで代理店が顧客だったかもしれません。しかし最終の購入者を顧客と再定義すると、彼らに、いかにして最大の付加価値を提供できるようなバリューチェーン構成をするかがポイントとなります。自社の商品やサービスの提供価値がどの顧客にどう映るのかを明確にして、どのようなクラスター別のバリューチェーンを構築するかが戦略上のポイントになるのかもしれません。

ii) 顧客の選択に値する経験(Experience)価値を提供すること

 消費者は常に新しいモノやコトを求めてきます。新たな価値の創造や流通自体がデジタル化で加速した結果、主導権が消費者に移行していることを再認識しなければなりません。

 しかも、上記d)で述べた通り、顧客は性能やサービスの良さのみでなく、彼らの選択に値する経験(Experience)という価値の観点を重要視しています。

 従って、企業側もこれまでより以上に、「快適」で「楽しい経験」価値を提供するスタンスが無ければ、消費者をひきつけられません。最近登場したYouTube動画の「PPAP」はこの例です。一気に世界中に広がりました。問題は、このような道具を利用した情報伝達である種のシャロウシンキングが蔓延する傾向が強くなることです。この場合、一部を補完すべく「口コミ」や紹介の効果が増す傾向がありますので、企業側としては何らかの「仕掛け」を必要とすることを忘れてはいけません。

iii) スピード感を持った組織体とすること

 変化の激しいこの時代です。環境の激変に対して早期にかじ取りが変更できる経営が望ましいです。何事にも時間がかかるのが当然とする経営スタンスは疑問です。商品開発、技術開発もしかり。自社開発に拘らず、外部の会社や大学との連携で積極的に早期に技術を吸収していく姿勢が組織として欲しいです。

 

g) AIで職が減るか?

 少し横道に入ります。機械が人間の仕事を奪うのではないだろうかという疑問は誰でも持っていると思います。

 どんな事業でも自動化されやすい仕事はなくなると思うのが自然で、現実に目を向けると、過去にも機械が肉体的につらい仕事を解放してきました。銀行の支店でも、かつて沢山いた窓口担当者が、業務の自動化で代替されてしまいました。

 その一方で、自動化で仕事がなくなるという考え方は誤りだとの主張もあります。自動化で生産性が上がれば仕事は減るのでなく、かえって増えるという主張です。

 甲論乙駁、いろいろな議論があるにしても、今後確実に自動化され早晩なくなると思う仕事の特徴は、誰が考えても、

 ・人との対面を必要としない仕事、

 ・定型的な内容を他の人に伝えるだけの仕事、

 ・複雑でないデータの内容を分析する仕事、

 ・ものを単純に操作する仕事、

 ・秩序だったルール(税金の確定申告書類作成など)がある仕事などです。

 上記に加えて今、新しい自動化の波が来ています。その波はAI化の波です。

 金融業界のFintechの世界では、目まぐるしい革新を遂げています。

 AI化で、機械化が難しかった銀行の融資係、クレジット・アナリシスといった比較的ノウハウを必要とする職種でも今後代替の可能性が高いのではないでしょうか。

 アメリカでは、コンピュータで人間より高いファンド資金の運用勝率の戦略を割り出し実行している会社もあると聞きます。ロボット利用による個人の資産運用を担うサービスは成績も良く、おまけに人間より手数料が安くこの仕事がロボットに奪われ始めたニュースもあるほどです。

 AI化の潮流の中で、人間の仕事をどんどんロボットが奪う傾向を強めていくかもしれません。逆にロボットに奪われない仕事の特徴は、誰が考えても次のようなものでしょう。

 ・営業、交渉、説得など人的接点が必要な仕事

 ・相手の人間の感情を理解しながらでないと成立しない仕事、

 ・微細な部品修理など、指先の器用さなどスキルが必要な仕事、

 ・芸術活動や創造的な仕事等です。

 いずれにしろ、自動化に対抗するカギは、人間が機械の能力に近づくか、機械の能力が人間に近づくか、理論的には二つしかありません。非常に悩ましく、人間の知能や感情はどうなるのか心配です。できれば、機械が人間を超えないで欲しいです。本件についてはシンギュラリティの問題などを含めて別途項を改めたいと思います。

 

h) 戦略との関係をどう見る

 以上の認識を基にして戦略絵図をどうするかです。

 情報産業の革命の時代の潮流に乗るのも戦略、乗らなくて成長策を見つけるのも戦略です。

 例えば、中世の時代に印刷技術の技術進歩で書物を発刊する容易さが到来し、沢山の人が知識習得の恩恵を受けたと本に記載してあります。ところが、今やIT技術の革新で、本や冊子というものを物理的に発刊することを必要としない時代が到来しています。読者に本の内容を読んでもらい知識を豊富にすることに貢献してきた既存の出版事業は、情報産業革命がもたらした電子化の影響で大きなパラダイムシフトのど真ん中にいます。

 この変化の中でどう生き延びるかについて各社とも真剣に戦略をたてているはずです、潮流に乗って自らIoTを駆使したビジネスに衣替えをするのも選択、IoTを駆使しなくても自らのノウハウを下に事業周辺に違うマーケットを自ら造って、そこでシェアを取る作戦を展開するのも選択です。自らの成長ドライバーがどういう効果を発揮でき戦略目標が全うできるのかは、戦略での選択次第です。

 

第248回 戦略の策定の大前提—環境認識(2)

Posted on 2017-08-03

前回からの続きです。

 

(1) 今は、新しい情報産業の革命の真っただ中にいる明確な認識が不可欠です

 私たちはこれまで歴史を学ぶ立場で、どちらかと言えば後追いで産業革命を俯瞰していました。

すなわち、18世紀後半から19世紀半ばまでの蒸気による内燃機関の発明と鉄道建設で大変革を遂げた産業革命、19世紀後半から20世紀初頭の機械や電気の利用による大量生産時代、そして20世紀半ばからコンピュータとインターネットによる大きな変革を体験してきました。

これが産業革命だったのだと、後追いでこれらの革命の位置づけを知りました。

 

a) 情報産業の革命の真っただ中にいる

 ところが今、私たちは新しい情報産業の革命の真っただ中にいます。コンピュータによるデジタル化が単に急速に変化しているというこれまでの延長線上の図式でなく、あらゆるものが変革の波に巻き込まれることを余儀なくさせるほどの「大きな潮流」が来ていると認識します。今、まったく新しい時代に突入しつつあリ、この大きな潮流が経済機構全体や事業経営に驚くほどの影響を与えつつあると、私には映ります。

 

b) IoTがビジネスを変えてしまう、パラダイムシフトをもたらす

 特に、AI技術の利用でビッグデータの処理が容易になってきたこと、IoTが更に進化することで我々のビジネスの在り方に大きな変化をもたらしてきています。

 ご存知の通りIoTとは、モノのインターネット化(Internet of Things)のことです。クラウドが導入されビッグデータが実用化され、更にあらゆるモノは利用者が意識しない間にヒトからデータが収集され、それらがインターネットで共有される環境が出来つつあります。この実現により、今までになかった新しいことやモノが誰にでも可視化されて、必要の都度利用できるようになるかもしれない時代になってきました。

 自社のビジネスとの関連で考えると、IT関連の技術進歩、特にIoTが、ビジネスにパラダイムシフトをもたらし場合によってはこれまで投資してきたビジネス資産を一気に陳腐化させる可能性すらもたらしてきています。

 ここが経営戦略上外せない環境変化のポイントです。

 自動車の自動運転技術は日常的に新聞記事になり、3Dプリンターは複雑な形状のモノまで工場でなく自宅や町工場で製造可能になる。ロボット開発の技術が劇的に進歩し、これまでなかった新素材の開発も進み、モノの世界が様変わりしていく感じを受けます。

 驚くことが起きています。このようにIoT技術が人間を製品やサービスなどと結び付けると、そのビジネスは既存のビジネス環境とは全く違うフィールドで展開することになるかもしれません。すなわち、この情報産業の革命は既存事業の在り方までも劇的に変える可能性を秘めているのです。

 例えば、データをプッシュ型の方式で収集し、それを自社の成長ドライバーとしてきた事業では、iPhone端末にアプリを載せることで、プル型で大量のデータや情報を世界中から一気に集める、全く新しい事業主の登場リスクを想定せざるを得ないことになります。

 プッシュ型の情報の収集力で勝負してきた事業主は壊滅的な痛手を被ることになります。これまでの成長ドライバーがその座を降りることになるかもしれません。データの中味に特異性やその深さに何か秘めたるものがあれば別ですが、そうでない限り、事業継続に大きな痛手を被るリスクを秘めて経営していくことになり、否応なく戦略の修正を余儀なくされます。

 フェイスブックやツイッターの普及が、伝統的なメディアから従来の役割や収益源を大きく奪い、彼らのビジネスモデルの抜本修正を迫ってきている現実を目の当たりにしていることも分かり易いい例です。

 蛇足ながら、情報産業の革命はビジネスの世界のみでなく、今や政治の世界も一変させています。

 一個人が何十万点もの政府の機密情報を持ち出した過去の有名な事件は、彼の行為の善悪は別として、従来の国家モデルの崩壊の前兆を意味することになるのではないでしょうか。国家や機密機関をはじめとした伝統的な大きい組織の根幹を揺るがすもので、ビジネスの世界のみでなく、あらゆるところに大きなパラダイムシフトをもたらしていると認識します。

 

c) 新しいサービスも生まれる

 その一方、ITを活用した新しいサービスや企業も次々と生まれています。

 企業にとっては、IoTがマイナス面のみでなく、ビジネスの態様によっては大きなチャンスをもたらすことにもなります。

 一例です。法的問題は別として、各家庭にサービスを提供しているガスや電気事業者は、センサー技術を利用してネットワーク経由で取得したデータを集積・分析することも可能になり、その家庭の人も室内の温度調節を外出先からの遠隔操作できることにもなります。「モノのインターネット化」で、新たなつながりが生まれ、新しいビジネスの芽が生まれることになります。

 

d) 顧客自身が変化・変貌してきている

 見過ごすことができないことがあります。

 このデジタル技術がその進歩と相まって、利用する顧客自身の考え方や行動へ影響を及ぼし、そこに変化が出てきていることです。

 顧客が、「所有」することより「快適」で「楽しい経験」をうることを求めるようになってきたのはその一つです。車を購入するより、乗って楽しければよい。顧客は自分の好きな車にのった経験(カスタマーエクスペリエンス)からの感動を求めています。ここでは快適性、面白さをキーワードで何かを選択する、今や「売る」側の論理より、主導権は完全に「体験する」顧客です。

 商慣習における顧客の変化も見逃せません。日本の旅館では「サービスの提供の前にお代金を頂くのは失礼」として後払いが原則でした。老舗の旅館などでは、宿のお世話になった方へのお礼も含めて後払いでした。ところが今やネット経由での申し込みが主流となり、簡単にキャンセルする顧客も増えてきました。特に、訪日外国人のやり方を見ると、後払いでは商売が成立しないことにもなりかねません。顧客行動の違う側面の変化はデジタル技術の進歩が影響した部分が多いのかもしれません。顧客のこの変化に対して、日本の旅館でも顧客への対応方法まで変化せざるを得ない状況を、今や生み出しています。

 

 

第247回 戦略の策定の大前提—環境認識(1)

Posted on 2017-07-27

環境認識とその分析の大事さ

 私は経営戦略の策定にあたり、世の中の動き、環境の変化を大変重要視しています。

 世の中の動きをどう観るか、すなわち環境認識に対する「大局観」の有無が戦略の大きさを決定づけるからです。

 このことで自社の戦略が広がりを持つことになることを知らず、すぐ自社の現状分析から始める人がいます。戦略の広がりのなさ、すなわち、環境認識の狭さが以後の成長・拡大のスピード感に大きな違いをもたらしていることを知らずに無駄に先を急ぐ経営姿勢の狭隘さを痛切に感じることが多いです。

 例えば、グローバルというよく使われる概念と自社が対象とする特定地域との関係性で自社の商売が今後不安定化しないか、違う方向へ変化していくのか、IoTなどの最新の技術革新が突然自社の従来のビジネスモデルを根本から破壊していく可能性を秘めていないか、または、その技術革新を逆手にとり自社のビジネスの今後の柱に据える戦略にならないか、自社のビジネスを取り巻く法制度の改正や規制緩和をどう捉えるか、人口構造の変化が自社のビジネスにどう作用していくのかなどなど世の中の動き、環境の変化への「読み」は、大きな戦略策定に決定的に重要な部分です。

 この環境分析は、ある意味で経営者として嫌な部分です。私自身にとっても経営者として怖い部分でした。何故なら、出来ればそのようなことは起きてほしくないことばかりだからです。

 しかし、そのような事象はどの経営者にも共通して発生することが予測されるならば、誰よりも先に、しかも誰よりも深く分析して戦略図を策定するほうが、ビジネスのゲームで勝ち続けるチャンスになることを忘れてはいけません。

 この意味で環境分析は、いろいろな変化が予測される中で、今後も自社の事業の持続性はどうやったら保たれるのかを、経営者が自分に問うことと等しいことになります。

 戦略策定にあたり、もちろん各事業特性に応じて、個別の環境変化も把握の上分析しなければなりませんが、少なくとも、以下のマクロの部分が自社のビジネス展開にどう影響するのかを深く自問自答し、できるだけ戦略の「ビッグピクチャー(大きな全体の俯瞰図)」を描くことを、私はお薦めします。

 今起きている大きな環境変化をマクロ的に読むと次の通りで、順番に取り上げます。

・今は、新しい情報産業の革命の真っただ中にいる明確な認識が不可欠

・「人口オーナス期(人口構造の変化が経済にマイナスの効果を及ぼす時期)」に突入してきている事実の認識と対応が不可欠

・世界の経済をかく乱する要因が多くなる、その中でのビジネス展開には自社のみではコントロールが難しいリスクがあるとの認識が不可欠

・富の分配と貧富の格差が世界的に拡大するという認識が不可欠

・政府は正しい事実を伝えないこともあるという認識が不可欠

・戦略の実現可能性―絵に描いた餅としない認識が不可欠

 であることを10回にわたり取り上げます。

 

第227回 経営者にとって事業計画、事業戦略の本質的捉え方

Posted on 2016-11-24

 経営をするにあたり他の会社と異質なことをやって会社を成長させたい。経営者なら皆、発想することです。

 そのためには「何をどうしたら良いのだろう」。このような相談を受けることが沢山あります。

 今回は、これについて本質的なことのみを簡潔に取り上げ、その相談・質問への解答とします。

 

基礎設計と動機付け

 経営者の仕事をごく単純化すると、(1)戦略や事業計画を立てるアーキテクト(基礎設計)部分と、(2)特定の方向に社員を向かわせるモーチベート(動機付け)の部分があります。双方ともないがしろにできない重要な仕事です。

 この中で、多くの会社の経営者は、どちらかと言えば戦略や計画策定の部分が不得手とみます。それでも以下のことに注力すれば、もっと経営を上手く差配できるのではないでしょうか。

 たまたま今、「事業計画」のつくり方の本、『成長し続ける会社の事業計画のつくり方』(12月に直接販売で刊行予定)の中でもふれていますので、今回はこのテーマを取り上げることにします。なお、ここに言う「事業計画」とは経営戦略の策定から毎期の年度計画の策定までをも包含した概念です。

 

アーキテクト(基礎設計)のデザイニング

 経営者の仕事の第一番目です。

 会社の将来像をどうデザインするか、戦略策定や計画策定の中でもキー要素、これが仕事です。

 アーキテクトの基礎設計部分で、このデザインの大きさ、堅牢さ、優越性が会社の将来の成長拡大の路線と範囲を規定するといえるほど重要な要素です。

 したがって経営者は、自分が描くヴィジョンの実現にむけて、この部分を最重要視して取り組まなければなりません。

 日本の経営者の一部が前任者やこれまでのやり方を踏襲して、新規性のあるイノベーティブなアーキテクトのザインを株主や社員に呈示できていない、そのような訓練を受けていないために、海外の企業に比して経営的に後れを取っている部分があるのではないかと、私は憂慮しています。

 この背景としては、基本設計のデザインの質の差、更に結果をもたらす視点やその能力に差があると思います。当然このアーキテクトのデザイン仕様が、戦略や計画に反映されることになるので、経営力の差が益々大きくなります。

 

優れたアーキテクト(基礎設計)にするには

 そのために経営者にとって重要なことが三つあります。

・第一に良いデザインをアーキテクトするには、一見バラバラに起きている諸事象を統合して把握する能力が経営層にあるか否かが、問われます。複雑な現象をどう統合して捉えるか。それらの諸事象が自社の経営にとってどう影響を及ぼしそうか、ヴィジョンに描く姿と統合した事象が価値的にどうつながるかを感じる能力です。「一を見て十を知る」センスを加味した能力が不可欠です。

・第二に、先読みができる予測能力が必要となります。いろいろな技法で環境や現状分析をする。それらの分析から将来起きそうな事態をどう予測して自らの事業をどう方向づけるかは、優れて、経営者の先読み力にかかっています。

 先を予測して、競争を優位に引っ張るドライバーを選定して、これを戦略や計画の中に活かす。これが優れたアーキテクトで勝負に挑む近道です。

・第三に、これを株主や社員に説く能力です。これは冒頭、経営者の仕事の(2)と関係しますが、戦略や計画の浸透の幅と深さ、スピードに関係します。戦略や計画実現の裏方を握ることになります。

 

統合力と予測力を磨く

 上記の能力は経営者万人には備わっていないかもしれません。それでも、少しでもこれらの力に近づくことができます。第一と第二の能力に近づくにはどうすれば良いか。

 このためにはまず、物事の因果関係を正確に把握することが必要です。

 詳細は省きますが、成長率が鈍化したことの事実の背後には、そうなる因果関係が必ずあります。原因があり、結果があるのです。その関係性の中から太い線を引けるものを見つけて、素早く手を打つための分析をする。

 原因と結果の関係を逆に捉えて満足する経営者が時々いますが、その後のその会社の盛衰は推して知るべしです。

 次に、「何故そうなったか」を徹底して何故、何故と考え続けることです。原因は統合する程度が低かったからか、予測のレベルが低かったからか、予測の範囲が狭すぎたかなどなど、何故を考える。これを習慣づけする。このことがなされていない経営を意外に多く見ます。一足飛びに結論に導き失敗する例です。

 「何故、何故」は、結果の良い時には実行の効果が大きいのですが、ほとんどの会社では、悪い結果の時にしかこれを実践しません。また、結論を急ぐために「臭いものには蓋をしたい」一心で、全うな「何故」ができずに、残念ながらまた同じ事態の発生を見てしまいます。

 因果関係と何故を含めて考える。以上の二つに留意して統合力と予測力に近づいてください。このところができれば経営の50%は上手くいくことになります。

 以上参考になりましたでしょうか。

 残りの比率は、経営者の第二番目の仕事、(2)モーチベートする策をどうするかにかかっていますが、これに関しては別の機会にふれることにします。